「らく」と「たのしむ」の話

漢字というのは上手くできていますね。「木」の上に「立」って「見」ているから「親」と読んだり、「幸」はもともの手錠をかけられている様子から生まれた漢字であるとか・・。意味を知ると

奥が深いです。読み方一つでその意味がより深く感じる言葉もありますね。僕が昔から大切にしている言葉があります。それは元巨人の桑田真澄投手が言っていた言葉なんですが、

『「難」が「有」から有難い』という言葉。困難に見舞われた時は必ずこの言葉を思い出します。苦しい事があるのはとても有難いんだなって事をいつも自分に言い聞かせています。

 

これは最近、自分が思った言葉があって、「楽」という字についてです。この漢字は「らく」と「たのしい」と読むことができますよね?

「らく」をするということ「たのしむ」というこは、漢字が同じでも中身が違うよなと思ったのです。「らく」をするというのは、わきあいあいと、苦しくなく、文字通りらくにものごとを行う事ですが、

自分にとって「たのしむ」事は「らく」をしていてはたどり着かない世界だと思ったのです。「たのしい」とは、苦労して、苦しんで、努力してこそたどり着く感情ではないかなと、元アスリートの私としては

思ってしまうんです。マラソンを走っていると特に思います。めちゃくちゃ苦しい時、自分で何やってんだろうと思うくらいキツイ練習してるときでも、それをやり終えた事にとてつもない達成感を感じ、

「あー楽しいわ」って心から思うのです。ゴルフも同じで、模索して、研究して、苦しんでも結果が出ない時も沢山ありますが、1つでもスコアが縮まった時には頑張ってよかったと心から思いますし、

「あー楽しいわ」って心からそのセリフが出てきます。楽しむためには苦しまなければいけないと私は思います。楽をしては、本当の楽しさは味わえないという事です。