僕が走り始めた理由vol.⑥

春になったらどこに隠れていたのか、ランニング

ウェアを身にまとった人々がワーッと一斉に外に

出てきて、朝から晩まで走っている人を見な

い日はない。軒並みマラソン大会が中止に追い込

まれ目標を失ったランナー達は、エントリーした

大会のTシャツだけが送られてくるあのむなしさ

を忘れるかの如く、自らを追い込んでいるのだろ

う。

 

 

かくいう私も、

2月 いわきサンシャインマラソン➡ 中止

5月 奥州きらめきマラソン➡ 中止

9月 田沢湖マラソン ➡ 中止

10月 盛岡シティマラソン ➡ 中止

 

 

今年はいよいよフルマラソン挑戦!と思って

いた矢先に、これではどうにもならない。

今年は相当マラソン大会に「寄付」をした。

マラソン大会は基本、エントリー代金は返金されな

いという事がわかった。きらめきマラソンはクオカ

ードになって帰ってきたが・・。

走ってもない大会のTシャツだけがたまっていくの

は、食べてもないビックリマンチョコをすてて

シールだけを集めていた小学生の頃を思い出す。

 

 

 

 

 

でもこれもいいタイミングだったのかもしれない。

実を言うと、この冬私は膝のケガに悩まされ、

ようやくこの6月に入って本格復帰といった状況

だったからだ。

 

 

 

 

 

話は絶好調だった、1月までさかのぼる。

2月のサンシャインマラソン本番に向けて調子を

上げていく必要があったので、1月は月間150㎞を

目標にしていた。

その日は、シューズを新しくしたので、気持ちが

さらに高ぶっていた。ランナーの方ならわかると

思うがシューズやウェアを新しくすると、いつも

より早くなったような気になって、体も心なし軽

くなる。走っても走っても疲れないので、

その日は結局25キロ走ったという記録が残って

いた。*ナイキランクラブ調べ

(しかもその1週間前に34キロ走っていた)

 

 

体も仕上がていたので心肺は疲れ知らず。でも

なんだか、右膝が痛くて、とりあえずいつもの

八橋ユーランドの水風呂とアイシングで

リカバリー。湿布をはって寝ればよくなる。

はずだったが、次の日、膝が痛くて目が覚めて、

階段さえ降りれない。走るどころか、歩くのも困

難な状況。なんだこれは?と思って、いつも

お世話になっている「松岡治療院」の牧野さん

に電話すると、少し苦笑いを浮かべて(想像)

「あーお前はもうラガーマンじゃなくて、

立派なランナーだな」

と言われました。牧野さん、何言ってんの?

膝傷んだけど?

 

 

 

 

 

 

 

ランナーズニー(腸脛靭帯炎)との闘いの始まり。

 

 

 

 

 

 

 

牧野さんはノーザンブレッツの選手だったころ

からトレーナーとして体を診てもらっていた関係

がるので、僕がラグビーをしていたこと、今

ランニングに夢中な事、体のどこが固くて、どこ

に疲労がたまりやすいか、なんてことまでよく知

っている。そして何より、本人は日体大陸上部の

出身!(中距離だけど)ランニングの事はなんで

も教えてくれる。

僕が患ったこのランナーズニーと言うケガは、

ランナーにはよくあるスポーツ障害らしく、

ランナーしかならないケガなんだとか。原因は

要するに『 走りすぎ 』という事らしい。

そのころ僕は、

2月末の初フルマラソンに向けてトレーニングをし

ていた。確かに、12月、1月は追い込みすぎた。

ただ、もっと走っている人を知っているので、

自分が走りすぎているという自覚がまるでなかっ

たのも事実。12月➡130㎞、1月➡150㎞ 2月➡50㎞

という感じで調整すればいいかと思っていた。

42キロという未知の距離が恐くて、自信がなくて、

少しでも多く走って自信をつけたかったのだ。

1月の末に発症したこのランナーズニー、結局2月

中旬まで治らず、2月末の大会はほぼぶっつけ本番

で挑む事になりそうだった。サブ4はまぁむりかも

しれないが、気合で完走はできるだとうと思って

大会には出場するつもりで準備していたが、コロ

ナが流行しはじめて、ご存じの通り。。

じゃあ

実際自分が今どのくらい走れるのかと思い試しに走

ってみた。すると、10㎞過ぎたくらいで膝が悲鳴を

あげた。ランナーズニーはそんなに容易く治っては

くれなかたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休む、という修行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、安静にすると心に決めて、

3月は30㎞しか走らなかった。走る人はわかると

思うが、走らない、という事がどれくらいしんどい

事か・・・。それでもサンシャインマラソンの

リベンジと思い申し込んだ5月のきらめきマラソン

だけはなんとしても完走したい!(*結局中止)

そんなに休んで

ばかりもいられない。3月は治療と休養でだいぶ

調整したので、4月から巻き返しだと張り切って

走り始めた4月の頭、今度は左膝がランナーズ

ニーを発症。何という試練。あぁなぜ神様は俺

にばかり試練を与えるのだろう。しかし超えられ

ない試練は与えないと言うではないか。

くじけそうな心を奮い立たせ、ひたすら休むと

いう『修行』に取り組んだ。

 

 

3月➡30㎞、

4月➡40㎞、

5月➡56㎞、

と距離を少しづつ伸ばしてきた。

その間に心に決めた事は2つ。

1、2日続けて走らない事。

2、ケアを徹底する事。

ランニングというシンプルな運動は、体しか使わ

ない。よって、体が道具だ。使えば傷むし、

酷使すれば壊れる。しかも40手前のアラフォー

だし、思っていた以上に体は元に戻るのが遅い。

日々のケアはとても重要であることに今になって

気が付いた。そして自分の体がいかに固いかも。

体の痛みはその部分だけが原因で痛むわけでは

ない。すべて繋がっている。例えば、腰が痛いと

思っても、原因は腰ではなくふくらはぎにあったり。

肩が凝っているおもっても実は指先からきていたり。

僕の場合はあらゆる関節の可動域が異常に狭い。

関節が固いと筋肉の可動域が狭くなって、偏った

筋肉の使い方になってしまうため、その部分のケ

ガが多くなる。簡単に言うと今の僕はそんな感じ

でケガを繰り返しているのだ。朝晩のストレッチ

が今の日課だ。もっぱらの目標は、女の子座りが

できるようになることだ。

↑これが全くできない。40年かけて仕上げたこの

固さなので、そうは簡単に柔らかくならないだろ

うが、継続する事が何よりも大切だという事は、

このブログでも何回も言っている。

50歳までにはこの座り方が板についているだろう

(キモイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、ランニングは気持ちいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月に入って約、3ヶ月ぶりに10㎞を走った。

 

 

 

しかも、ケガする前にはなかなか出なかった、

1キロ、5分を切る快走でである。

走れない間に体幹を鍛えてた成果が出たのか、

体がブレないようになった気がする。

ケガの功名か、神様が与えてくれた試練のおかげ

か。僕のランニングライフはまだまだ続く。