人生は短い、そう心から認識するのは死ぬ間際だろうか?去年祖父と祖母の最後を看取り、二人が最後の最後にそうんな風に思いながらあの世に行ったとはちょっと思えない。
人の最後はこんな風なんだなと、私は少し怖くなった。祖父は、「我が家やはこの辺りで一番貧乏だった」と生前よく言っていた。それを自らの手で家を建て、畑や山を買い、
祖母と二人で3人の息子を育て上げた事を盆と正月に毎回話すのだが、後半はもう聞き飽きていた。そんな夫婦の人生後半は、まず祖母が認知症になり、祖父はそんなばあさんを
1人では残して死ねないと、一緒に施設に入った。しかし最後は別々の病院でお互い会うことはなく、あの世へ旅立った。二人が仲良く会話ができていたのはいったいいつまでだった
だろうか?認知症になった祖母の頭の中はいったいどうなっていたのだろうか?今でもわからない。祖母が認知症になったのが77歳だという。それ以降歳を聞くといつも77と答えて
いたからだ。もうすぐ両親もそのくらいになる。子供が成人したら、今度は親が認知症とか笑えない現実がもうそこまで来ている。自分の店だってままならないのに人の人生を
面倒見るほど余裕はない。
人生は短い。体を動かす事が大好きな私が、元気に運動ができるのはいつまでだろう。そうなったら何をして余暇を過ごすのだろう。「あの頃はこうだった」
と年寄りが言うのはきっと、その時が一番輝いていたという「思い出」がそうさせるのだろう。そう、きっと人生の最後は「思い出」を語りながら生きていくのかもしれない。
なので「思い出」を沢山つくろうと思う。まだ若い私達が、将来の為に蓄えるべきはお金じゃなくて「思い出」なんだと思う。私はこれを「思い出貯蓄」と呼ぶ事にした。
この先に死が待っていて、もう体が動かなくなっていても、思い出は語れる。盆と正月に思い出を語っていた祖父のように・・。